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福岡地方裁判所小倉支部 昭和53年(ワ)1188号 判決

甲事件原告

乙事件原告

大西才助

甲・乙事件被告

川畑博文

主文

一  甲事件被告は、甲事件原告に対し、次の1ないし4の各金員を支払え。

1  金四四三万二、四五六円

2  別表Ⅰ・1及び3の各求償金額欄記載の右1の内金である各金員に対するこれに対応する各支払年月日欄記載の日の翌日から右各金員の支払ずみまで年五分の割合による金員

3  別表Ⅱの各支給金額欄記載の右1の内金である各金員に対するこれに対応する各支給年月日欄記載の日の翌日から右各金員の支払ずみまで年五分の割合による金員

4  右1の内金一万八、二八二円に対する昭和五一年二月一三日から右金員支払ずみまで年五分の割合による金員

二  乙事件被告は、乙事件原告に対し、次の1ないし3の各金員を支払え。

1  金四六二万五、五一八円

2  右1の内金四二二万五、五一八円に対する昭和五一年一月七日から右金員支払ずみまで年五分の割合による金員

3  右1の内金四〇万円に対する本件判決言渡の日の翌日から右金員支払ずみまで年五分の割合による金員

三  乙事件原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中、甲事件原告と甲事件被告との間に生じたものは全部甲事件被告の負担とし、乙事件原告と乙事件被告との間に生じたものは、これを五分し、その四を乙事件原告の負担とし、その余は乙事件被告の負担とする。

五  この判決は、一項及び二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(甲事件)

一  原告国

1 主文一項と同旨

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  被告

1 原告国の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告国の負担とする。

3 仮執行免脱の宣言

(乙事件)

一  原告大西才助

1 被告は、原告大西才助に対し、金二、九〇〇万八、三五四円及びこれに対する昭和五一年一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  被告

1 原告大西才助の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告大西才助の負担とする。

3 仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

(甲、乙事件請求原因)

一  交通事故の発生

1  日時 昭和五一年一月七日午後三時五五分ころ

2  場所 北九州市戸畑区浅生一丁目三番二〇号先路上

3  加害車(甲) 普通乗用自動車(相模五五は五〇一一)

右運転者 被告

4  被害車(乙) 自動二輪車(戸畑区ら一〇)

右運転者 乙事件原告(以下「原告大西」という)

5  態様 道路左側端に駐車していた甲車が発進したところ、折から同一方向に進行してきた甲事件原告(以下「原告国」という)所有の乙車の左側シート付近に甲車の右前部フエンダーを衝突させた。

6  被告の過失 被告は、駐車中の甲車を発進させ、道路中央寄りに進路を変更しようとしたのであるから、このような場合、進路変更の合図をするとともに後続車の有無等を確認して発進、進行しなければならないのに、これらを怠つた結果、右のとおり乙車と衝突してしまつた。

7  傷害 原告大西は、脳挫傷、左半身不全麻痺等の傷害を負つた。

8  治療期間 昭和五一年一月七日から同年一月二六日まで、同年二月一七日から同年二月一八日まで、昭和五二年一月一九日から同年四月一五日までの間、以上合計一〇九日間、健和総合病院に入院

昭和五一年一月二七日から昭和五二年一二月五日までの間に実日数合計二一〇日間、右病院に通院

昭和五一年二月一二日小倉記念病院に通院

9  後遺症 左半身不全麻痺、構語障害、左眼球充血、頭痛、頸部痛ならびに身体不安定性の各後遺症状がある。この後遺症は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)施行令別表等級七級に相当する。

二  責任原因

被告は、甲車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき原告大西が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

また被告は、前記のとおりその過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づき原告国が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害・その一(原告大西の分)

1  治療関係費用 金一八八万九、三八四円

(一) 治療費 金一七七万七、二四四円

(1) 昭和五一年一月二七日から昭和五二年一二月五日までの間の健和総合病院における入院及び通院治療費

金一七七万四、六九四円

なお、昭和五一年一月七日から同年一月二六日までの間の同病院における入院治療費金五〇万五、一二〇円については、被告がこれを同病院に支払つた。

(2) 小倉記念病院における通院治療費

金二、五五〇円

(二) 付添看護費 金四万四、二二〇円

健和総合病院に入院したのち本件事故発生日の昭和五一年一月七日から同年一月一六日までの一〇日間は付添看護を要し、これに一日当り金四、四二二円を要した。

(三) 通院交通費 金六万七、四二〇円

通院するため、タクシー、バスを利用した。

(四) 文書料 金五〇〇円

健和総合病院において診断書一通を作成した。

2  休業による損害 金二九七万六、〇〇〇円

原告大西は、戸畑郵便局に勤務する者であるが、本件事故による傷害を治療するため、受傷時から昭和五一年九月三〇日までの二六六日間及び昭和五二年一月一九日から同年五月二五日までの一二七日間、欠勤することを余儀なくされ、この間少なくとも表記のとおりの収入を得ることができず、これと同額の損害を蒙つた。

3  逸失利益 金二、五二七万八、三五四円

原告大西は、前記後遺症により、次の(一)ないし(五)の資料に基づき計算して得られる将来の得べかりし利益を喪失した。

(一) 事故時の年齢 四四歳

(二) 就労可能年数 二三年

(三) 原告大西の年収 金三〇〇万〇、三〇七円

(四) 労働能力喪失率 五六パーセント

(五) 年五分の中間利息の控除 ホフマン方式係数・一五・〇四五

4  慰藉料 金八〇〇万円

原告大西は、本件事故による負傷を治療するため長期にわたつて入院及び通院をし、前記のような後遺症にも悩まされている。これにより原告大西が受けた肉体的、精神的苦痛を慰藉するには金八〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。

5  損害の填補

(一) 原告大西は、前記1及び2の損害金について、後記五項の経緯により原告国から全額支払を受けた。

(二) 原告大西は、前記3及び4の損害金について、自賠責保険金六二七万円を受領した。

6  弁護士費用 金二〇〇万円

原告大西は、本件事故によつて、前記3及び4の損害金合計金三、三二七万八、三五四円から前記5・(二)の金六二七万円を控除して得られる金二、七〇〇万八、三五四円の損害をなお蒙つているので、これの回復を計るため本件訴訟提起ならびにその追行を弁護士に委任し、その弁護士費用として金二〇〇万円の支払債務を負担した。

四  損害・その二(原告国の分)

原告国は、本件事故によつて、その所有する乙車を破損され、これの修理のため、昭和五一年二月一二日、金一万八、二八二円を支払つた。

五  原告国の代位請求

1  原告国は、原告大西が戸畑郵便局に勤務する公務員であり、本件事故がその公務執行中に発生したものであるため、原告大西に対し、次のとおり合計金四八六万五、三八四円を支払つてその損害を填補した。

(一) 国家公務員災害補償法一〇条に基づき、別表Ⅰ・1ないし3のとおり、前記三項・1の治療関係費用の全額

(二) 公共企業体等労働関係法八条による郵政省と全逓信労働組合、全国郵政労働組合との間で定められた「特別休暇等に関する協約」に基づき、別表Ⅱのとおり、前記三項・2の休業による損害金全額

2  原告国は、右1のとおり、原告大西の損害を填補した結果、右1・(一)の金員については国家公務員災害補償法六条により、右1・(二)の金員については民法四二二条の類推適用により、それぞれその支払つた金額合計四八六万五、三八四円を限度として、原告大西が被告に対して有する損害賠償請求権を代位取得した。

3  自賠責保険金による充当

原告国は、代位取得した右損害賠償請求権に基づき、被告の加入する自賠責保険の保険金を代位請求し、昭和五三年一月二七日に金四五万一、二一〇円を受領したので、これを別表Ⅰ・1ないし3の自賠責保険金充当額欄記載のとおり右損害賠償請求権の一部に充当した。

これにより右請求権の残額は、金四四一万四、一七四円となる。

六  結論

よつて、原告らは、被告に対し、それぞれ次の各金員を支払うよう求める。

1  原告国

(一) 金四四三万二、四五六円

但し、右は、前記四項の損害金一万八、二八二円と同五項の損害金残金四四一万四、一七四円との合算額

(二) 別表Ⅰ・1及び3の各求償金額欄記載の各金員に対するこれに対応する各支払年月日欄記載の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(三) 別表Ⅱの各支給金額欄記載の各金員に対するこれに対応する各支給年月日欄記載の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(四) 前記四項の損害金一万八、二八二円に対する昭和五一年二月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

2  原告大西

金二、九〇〇万八、三五四円及びこれに対する本件事故発生日である昭和五一年一月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一項の事実中、1ないし6の各事実を認めるが、7及び8の各事実は知らない。同9の事実を否認する。

二  請求原因二項の事実を認める。

三  請求原因三項について

1  1の損害を争う。

2  2の事実中、原告大西が戸畑郵便局に勤務する者であることは認めるが、その余の事実を否認する。

3  3の逸失利益の額を争う。

原告大西は、本件事故後も従前と同様の郵便集配業務に従事していて、給与、昇給等になんの影響も受けていないので、逸失利益などあろうはずがない。

また、郵便局に勤務する職員は、通常、管理職で五七歳、一般職で六〇歳程度で退職するのが慣わしであり、その後再就職することがあるとしてもその給与は半減するのが常識である。

4  4の慰藉料の額を争う。

5  5・(一)の事実は知らない。同(二)の事実を認めるが、原告大西は、さらに自賠責保険金から金四九万七、〇二〇円の支払を受けている。

6  6の弁護士費用を争う。

四  請求原因四項の事実を争う。

五  請求原因五項・1及び2の各事実は知らない。同3の事実中、原告国が被告の加入する自賠責保険より昭和五三年一月二七日に金四五万一、二一〇円を受領し、これを原告国が被告に対する損害賠償請求権の一部に充当したことは認める。

(抗弁)

一  示談成立

原告大西と被告代理人川畑三秀(被告の父)とは、昭和五三年一二月二五日、原告大西はその支払を受けた自賠責保険金とは別途に被告から金一〇万円の支払を受けることによつて、その余の被告に対する損害賠償請求権を放棄する旨を合意した。

二  過失相殺

本件事故発生には、次の1及び2の原告大西の過失もあずかつているから、損害額算定にあたつてはその過失割合を五割とみて算定すべきである。

1  原告大西は、乙車を運転して事故現場に差しかかつた際、その通行区分に違反して道路中央部分を進行していた。このため、甲車が発進するに際し、後方の安全を確認しようにも、乙車はバツクミラー等の視界外にあつて、これを発見できなかつた。

2  甲車発進時、乙車はその後方一八・五メートルの地点にあつたから、原告大西は、進路前方を注視しておればすぐに甲車の動静を察知してこれに衝突することを回避できたはずであるにもかかわらず、衝突してしまつたのは、原告大西が進路前方及び側方への注視を怠つていたからである。

(抗弁に対する認否)

一  原告大西

抗弁一項の事実を否認する。

二  原告両名

抗弁二項の事実を否認する。原告大西にはなんの過失もなく、本件事故は被告の一方的な過失により発生したものである。

三  原告国

なお、仮に過失相殺の抗弁が容れられることがあるとするならば、その場合、原告大西の総損害額について過失相殺をした額が原告国の代位取得した損害賠償請求権の額を超えるときには、原告国は、その損害額の全額について被告から支払を受けることができると解すべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の態様及び原告大西の過失の存否

1  請求原因一項・1ないし6の各事実は、当事者間に争いがない。

2  当事者間に争いのない請求原因一項・5及び6の事実に、成立にいずれも争いのない甲イ一〇号証ないし一二号証、証人永井昭夫の証言、被告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場の道路は、中央分離帯によつて区分されたアスフアルト舗装道路であつて、その幅員は甲車と乙車が進行した左側部分で七・五メートルあり、前後に見通しがよい。

(二)  乙車は、右の道路左側部分を時速三〇ないし三五キロメートル程度の速度で進行していたが、進路前方左側に進路左側端に添つて甲車が駐車していたのでこれの右側を通り抜けるべく、道路左側端から三・五メートルの地点を進行したところ、突然、甲車がなんの合図もしないまま発進し、進路を変更して乙車の進路前方に出てこようとした。このため、乙車は回避手段をとる暇もないまま、その左側シート付近その他の箇所を甲車の右前部フエンダーに接触させて転倒してしまつた。一方、甲車を運転していた被告は、発進して乙車と接触するまでの約三・五メートルの距離を進行する間、乙車の存在にまつたく気がつかなかつた。

3  そこでまず、被告の主張する原告大西が通行区分に違反して乙車を運転していたとの点について検討する。

なるほど、右2・(一)に認定した本件事故現場の道路においては、車両は中央分離帯により区分された左側部分を通行しなければならず(道路交通法一七条四項)、しかもこの場合、自動車及び原動機付自転車にあつては、追越しや右折をするとき、または道路の状況その他の事情によりやむを得ないときを除いて、車道の左側端に寄つて通行しなければならない(同法一八条一項)。ところが、前記2・(二)の認定事実に照らすと、乙車は道路左側端に寄つて通行していたとはいえないが、それは甲車が左側端に寄つて駐車していたため、これの右側を通過しようとしたからであつて、このように通行したのは、まさに同法一八条一項但書にいうやむを得ない事情に基づくものである。

被告の右主張はまことに失当である。

4  次に被告は、原告大西が進路前方及び側方への注視を怠つた結果、甲車の動静を察知するのが遅れてこれに衝突してしまつたと主張するので、この点について検討する。

前掲中イ一一号証及び被告本人尋問の結果には、甲車は時速四キロメートル(秒速約一・一メートル)の速度で発進したとの供述部分がある。そこで、仮にこの供述部分が真実であるとするならば、これに前記2・(二)に認定した発進地点から衝突地点までの距離が三・五メートルであることを勘案すると、甲車が発進して乙車に衝突するまでの時間は、約三・一秒程度あつたことになる。そして、同じ右2・(二)に認定した乙車の速度が時速三〇キロメートルないし三五キロメートル(秒速約八・三メートルないし九・七メートル)であつたことに右三・一秒の時間を勘案すると、甲車が発進したとき乙車はその後方約二五・七メートルないし三〇メートル程度付近を進行していたと推論できそうである。この推論によれば、なるほど乙車の時速三〇ないし三五キロメートルにおけるブレーキをかけたときの通常考えうる空走距離及び制動距離と、右甲車発進時の甲車と乙車との距離とを対比すると、乙車は甲車と衝突することを回避することが一応可能のようにみられる。

しかし、証人永井昭夫の証言に照らすと、右の甲車の速度が果して時速四キロメートルであつたかは大いに疑わしく、むしろそれよりももつと早かつたことを推測せしめるのみならず、前記2・(二)に認定したように甲車は発進するに際しなんの合図もしないまま発進したのであるから、このようなことは後方を進行してくる車両の運転者にとつて予測し難い事態であつて、このような予測にない甲車の動静を察知してこれに対応する措置をとるには通常の場合よりも多いそれなりの時間を要するといつてよい。このような事情を考えると、甲車の速度を時速四キロメートルと前提しての前記推論は、自ずと修正されねばならず、果して原告大西に甲車との衝突を避けうる余裕があつたかどうかは不明というほかはない。

他に原告大西に過失のあることを窺わせる的確な証拠はないから、結局、本件事故について、原告大西には過失がなかつたものとするほかはない。

二  原告大西の負傷、治療期間ならびに後遺症

1  前掲甲イ一二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲イ二号証の一、二によれば、請求原因一項・7の事実を認めることができる。

2  証人武田勇男の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる甲イ三号証の二ないし七、同号証の九ないし三〇、同号証の三一、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる甲ロ二号証及び三号証によれば、請求原因一項・8の事実をそのまま認めることができる。

3  前掲甲ロ二号証及び三号証、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる甲ロ一号証及び四号証ならびに財団法人健和総合病院院長の調査嘱託に対する回答によれば、原告大西には、請求原因一項・9のとおりの各後遺症があり、これらは昭和五二年一二月二五日症状固定したものであること、この後遺症は自賠法施行令別表等級七級四号に該当すること、これら後遺症により、原告大西は軽易な労務以外に就業することが無理となり、構語障害もあるため対人的業務に従事するのは困難を伴うこと、以上の各事実を認めることができる。

三  責任原因

被告が加害車である甲車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたこと及び本件事故が被告の過失によつて発生したことは、当事者間に争いがないから、この争いのない事実によるとき、被告は、原告大西に対しては自賠法三条に基づき、原告国に対しては民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告らが蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

四  損害・その一(原告大西の分)

1  治療関係費用

(一)  治療費

前掲甲イ三号証の二ないし七、同号証の九ないし三〇、同号証の三二によれば、原告大西が前記二項・1に認定した治療期間のうち昭和五一年一月二七日から昭和五二年一二月五日までの間に要した治療費は、健和総合病院のそれが合計金一七七万四、六九四円、小倉記念病院のそれが金二、五五〇円、以上合計金一七七万七、二四四円であることが認められる。

(二)  付添看護費

証人武田勇男の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる甲イ三号証の八の一ないし四、同号証の八の八によれば、原告大西は、昭和五一年一月七日から同月一六日までの一〇日間、付添看護を必要としたため、これの費用として一日当り金四、四二二円、合計金四万四、二二〇円の支出を要したことが認められる。

(三)  通院交通費

前掲甲イ三号証の八の一、同号証の八の八、証人武田勇男の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる同号証の八の五ないし七、同号証の八の九、甲イ三号証の三一の一、二、同号証の三一の五によれば、原告大西は、通院治療のため、タクシーやバスを利用しなければならなかつたが、これに要した交通費は合計金六万七、四二〇円であることが認められる。

(四)  文書料

証人武田勇男の証言により真正に成立したものと認められる甲イ三号証の三一の三によれば、原告大西は、その症状を証明するため健和総合病院に診断書一通を作成してもらい、これの手数料として金五〇〇円を支払つたことが認められる。

2  休業による損害

証人竹内武の証言及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる甲イ四号証の一ないし三、五号証の一ないし四(但し、各官署作成部分の成立は当事者間に争いがない)によれば、原告大西は、戸畑郵便局に勤務して郵便集配業務に従事する者であるが、本件事故による負傷及びその治療のため、昭和五一年一月七日から同年九月三〇日までの二六六日間及び昭和五二年一月一九日から同年五月二五日までの一二七日間、欠勤せざるをえなくなり、この間の俸給等合計金二九七万六、〇〇〇円の支給を当然には受けられなくなり、これと同額の損害を蒙つたことが認められる。

3  逸失利益

(一)  昇給遅延による損害

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲ロ五号証の一ないし三によれば、原告大西は、本件事故による負傷及びその治療のため、昭和五一年四月二〇日に永年勤続表彰を受けるはずが翌五二年四月二〇日に表彰を受けたことから、もしも予定どおり表彰を受けておれば昭和五一年一〇月一日付をもつて昇給するはずが翌五二年一〇月一日付をもつて昇給し、この間の昇給遅延による差額として金五万六、五八〇円を得ることができなかつたこと、しかし、それ以降はなんら昇給、昇格等に影響なく、右の本来昇給すべき時期に昇給していたものとして昇給、昇格しており、また将来も同様であること、以上の事実を認めることができる。

右認定事実によると、原告大西の昇給遅延による損害は、金五万六、五八〇円となる。

(二)  諸手当の減少

前掲甲ロ五号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同号証の四、原告大西本人尋問の結果によれば、原告大西は、後遺症のため、残業することを制約され、従前郵便集配業務に従事するとき乙車のようないわゆる自動二輪車等を利用していたのを自転車を利用する以外になくなり、これによりこれまで支給を受けていた平均年額金四万一、三四〇円相当の「機動車手当」の支給を本件事故時から将来にわたつて受けることができなくなつたことが認められる。

ところで、弁論の全趣旨によると、原告大西のような義務に従事する国家公務員は、満六〇歳をもつて退職するのが通例(なお、昭和五六年法律第七七号国家公務員法の一部を改正する法律参照)であり、原告大西もその例外ではないことが認められ、さらにまた成立に争いのない甲イ一号証によるとき、原告大西は昭和六年一月二八日生まれで、本件事故時には誕生日目前であつたことが認められるから、本件事故時の年齢を四五歳とみなすのが相当である。

以上の事実関係によれば、原告大西が「機動車手当」を受けられない期間は一五年間であるから、これの本件事故時の現価をホフマン方式(係数・一〇・九八〇八)により算出すると、金四五万三、九四六円(円未満切捨て)となる。

右のほかに残業手当にも若干の減少が見込まれるが、これの程度を確定することのできる証拠はない。

(三)  右(一)及び(二)の説示に照らすと、原告大西の収入は、本件事故の前後で右(一)及び(二)で説示した限りにおいて減収がみられないではないが、その収入の大部分を占める本俸等にはなんの異同も生じないというのであり、しかもこのような状態は原告大西が国家公務員の地位を失う満六〇歳まで維持されるというのである。

このような事情のもとにあつては、原告大西には、国家公務員の地位を失うまでの間、労働能力喪失の程度いかんにかかわらず、右(一)及び(二)の場合を除いては、後遺症による逸失利益は生じないとみるのが相当である。

(四)  しかし、満六〇歳に達してからの後遺症による逸失利益の存否については別の考慮が必要である。すなわち、原告大西は、満六〇歳に達して国家公務員の地位を失うにしても、健康体である限り再就職してなお七年間にわたつて収入を得ることが可能であるとみられ、唯再就職によつて得られる収入は右退職時のそれの七〇パーセント相当に過ぎないとみるのが相当である。そして、前掲甲ロ五号証の三によれば、右退職時の年収は、金三〇〇万円を下ることはないものと認められるから、再就職によつて得られる年収はその七〇パーセントの金二一〇万円となる。

ところで、原告大西には前記二項・3に説示したとおりの後遺症があり、これに再就職時における年齢が比較的高齢の部に属すること、その他諸般の事情を考えると、原告大西が再就職することは通常の場合に比してやや困難を伴うことが予測されるので、このような原告大西の場合には、満六〇歳から満六七歳に達するまでの七年間は労働能力の六〇パーセントを喪失したもの、すなわち、再就職によつて得られる収人のさらに六〇パーセントに相当する限度で、収入の低減のあることが予測されるとみてよい。

以上の事実関係のもとにあつて、原告大西の右七年間の逸失利益の本件事故時(前記(二)の説示のとおり四五歳時とみなす)における現価をホフマン方式(係数・一四・五八〇〇-一〇・九八〇八=三・五九九二)により算出すると、金四五三万四、九九二円となる。

(五)  以上要するに、逸失利益の総額は、金五〇四万五、五一八円となる。

4  慰藉料

(一)  前記二項・1及び2に説示した原告大西の負傷の部位、程度、入通院の期間に照らすとき、入通院に伴う精神的、肉体的苦痛を慰藉するには、金一二五万円の支払をもつてするのが相当と認める。

(二)  前記二項・3に説示した後遺症の程度等に鑑みると、原告大西の後遺症による精神的、肉体的苦痛を慰藉するには、金四二〇万円の支払をもつてするのが相当と認める。

5  損害の填補

(一)  前掲甲イ四号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲イ三号証の一、証人武田勇男、同竹内武の各証言によれば、原告大西は、前記説示の1の治療関係費用及び同2の休業による損害については、のちに六項において説示する経緯によつて、その全額を原告国から支払を受けたことが認められる。

(二)  原告大西が前記説示の3の逸失利益金五〇四万五、五一八円及び同4の慰藉料金五四五万円、以上合計金一、〇四九万五、五一八円に対し、自賠責保険金六二七万円を受領し、これに充当したことは、当事者間に争いがない。

なお、被告は、このほかにさらに金四九万七、〇二〇円の自賠責保険金が原告大西に支払われていると主張するが、弁論の全趣旨によるとき、これは要するに原告大西の本件事故時の昭和五一年一月七日から同年一月二六日までの健和総合病院における入院治療費にあてられたものと推認しうるから、この金員を前記3及び4の損害金を填補したとみるのは相当でない。

(三)  以上によれば、原告大西には、なお金四二二万五、五一八円の損害が填補されずに残つていることになる。

6  弁護士費用

のちに説示するとおり、被告の抗弁をすべて採用しない本件においては、原告大西は、被告に対し、右5・(三)のとおりの損害賠償を求めることができるから、この認容額、本件訴訟の経過などに鑑み、原告大西が被告に負担を求めることのできる弁護士費用は、金四〇万円をもつて相当と認める。

五  損害・その二(原告国の分)

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲イ七号証の一、二、証人竹内武の証言によれば、請求原因四項の事実をそのまま認めることができる。

これによれば、原告国は、本件事故によつて破損された乙車の修理費用金一万八、二八二円の損害を蒙つていることが明らかである。

六  原告国の損害賠償代位請求

1  前掲中イ三号証の一、四号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲イ八号証、証人竹内武の証言により真正に成立したものと認められる甲イ九号証、同証人、証人武田勇男の各証言によると、原告国は、原告大西に対し、国家公務員災害補償法一〇条に基づき、前記四項・1の治療関係費用の全額について、別表1・1ないし3の支払年月日欄及び支払金額欄に記載のとおりに順次支払い、また公共企業体等労働関係法八条による郵政省と全逓信労働組合、全国郵政労働組合との間で定められた「特別休暇等に関する協約」に基づき、前記四項・2の休業による損害の全額について、別表Ⅱの支払年月日欄及び支払金額欄に記載のとおりに順次支払つて、原告大西の損害を填補したことが認められる。

2  右1の認定事実によれば、原告国は、その主張するとおり、右の治療関係費用相当の損害金については国家公務員災害補償法六条により、右休業による損害金については民法四二二条の類推適用により、それぞれ支払つた金額合計金四八六万五、三八四円の限度で、原告大西が被告に対して有する損害賠償請求権を代位取得したことが明らかである。

3  原告国が被告の加入する自賠責保険から昭和五三年一月二七日に金四五万一、二一〇円の支払を受け、これを原告国が代位取得した損害賠償請求権の一部に充当したことは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、これの充当は、別表Ⅰ・1ないし3の自賠責保険金充当額欄記載のとおりしたことが認められる。

4  以上の1ないし3によれば、原告国は、別表Ⅰ・1の求償金額欄記載の金員合計金一四〇万八、五七四円、別表Ⅰ・3の求償金額記載の金員合計金二万九、六〇〇円、別表Ⅱの支給金額欄記載の金員合計金二九七万六、〇〇〇円、以上合計金四四一万四、一七四円の損害賠償を被告に求めうることが明らかである。

七  抗弁について

1  被告は、原告大西と被告代理人川畑三秀との間において、被告が金一〇万円を支払うことによつてその余の損害賠償請求権を放棄する旨の裁判外の和解が成立したと主張する。

なるほど、証人川畑三秀の証言によれば、原告大西と被告の父である川畑三秀は、昭和五三年一二月二五日、戸畑郵便局において、本件事故の損害賠償について交渉をもつたが、その席上、原告大西が慰藉料として金一〇万円を支払うよう要求するとともにそれですべてを解決したいと述べたことが認められるところが、同じ右証言によれば、原告大西の右の申入れに対して、川畑三秀は、被告の了承をとつて翌朝返事をすると回答してその日は別れ、翌朝、戸畑郵便局の原告大西宛に電話をかけて被告が了承した旨を伝えようとしたところ、電話に出た者から原告大西の要求が金一三万円になつていることを聞いたので、後日、さらに話をしようと思い、その場はそのままになつてしまつたことが認められ、この事業に、原告大西本人尋問の結果、さらには本件記録から明らかなように前記認定の交渉をもつたわずか三日後に、原告大西から被告に対する本訴が提起されていることを合わせ考えると、右認定の折衝の模様をもつて被告主張のような和解が成立したとは認め難く、むしろ本訴を提起するまでなお双方の間で折衝が続けられていたと認めるのが相当である。

他に右主張を認めることのできる証拠はないから、右の抗弁は採用できない。

2  次に過失相殺の抗弁であるが、既に前記一項に説示したとおり、原告大西には過失相殺さるべき事由がないから、右の抗弁も採用できない。

八  結論

以上の次第であるから、原告国の甲事件における本訴請求はすべて正当として認容すべきであるが、原告大西の乙事件における本訴請求は、金四六二万五、五一八円及び内金四二二万五、五一八円(前記四項・6の弁護士費用金四〇万円を除いたもの)に対しては本件事故時の昭和五一年一月七日から、内金四〇万円(右の弁護士費用に対しては本件判決言渡の日の翌日から、それぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

なお、被告の仮執行免脱の宣言の申立は、これを相当でないものと認め、却下する。

(裁判官 近藤敬夫)

別表Ⅰ―1 療養補償支払内訳書(治療費 付添看護費 文書料)

〈省略〉

別表Ⅰ―2 療養補償支払内訳書(治療費)

〈省略〉

別表Ⅰ―3 療養補償支払内訳書(通院費)

〈省略〉

別表Ⅱ 俸給等支給内訳書

〈省略〉

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